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テレワークが増えたとき、自炊が増える人も多かったと思います。しかし、私の場合は一時期逆でした。家にいる時間は長いのに、仕事と生活の境目が曖昧になり、買い物へ行くのが面倒になる。近くにコンビニがあるので、弁当やおにぎり、惣菜で済ませることが増えました。最初は、それで十分だと思っていました。便利ですし、短時間で食べられる。味も分かりやすい。外へ食べに行くより楽で、洗い物も少ない。ただ、その生活が続くうちに、だんだんコンビニのご飯が食べづらくなってきました。
コンビニ食が悪いという話ではありません。むしろ、食品としてはよく作られていると思います。それでも、自分の毎日の食事としては、味、食感、重さ、食後の感じが少しずつ合わなくなっていきました。
この記事は、コンビニ食が続いた時期に感じた個人的な身体感覚についての文章です。コンビニ食品そのものを否定するものではありません。生活状況によっては、コンビニ食品が現実的で助かる選択肢になる場面もあります。
テレワークで自炊が増えるとは限らない
自宅にいる時間が長くなれば、自炊しやすくなる。普通に考えればそうなのですが、実際には必ずしもそうなりませんでした。仕事部屋と生活空間が近くなると、切り替えが曖昧になります。昼食を作る時間を取るより、近くのコンビニで買ってきた方が早い。夕食も、考えるのが面倒で買って済ませる。コンビニは、その状態にとてもよく合います。弁当、おにぎり、惣菜、カップ麺、冷凍食品、サラダ、味噌汁。選択肢は多く、短時間で食べられます。食べたいものを選んでいるようで、実際には「考えなくてよいもの」を選んでいたのだと思います。
忙しいときには、それが助かります。しかし、それが続くと、食事を自分で組み立てる感覚が少しずつ弱くなります。
| きっかけ | テレワークで生活の切り替えが曖昧になり、買い物や自炊が面倒になった。 |
|---|---|
| 増えたもの | 弁当、おにぎり、惣菜、カップ麺、冷凍食品などのコンビニ食。 |
| 感じた違和感 | 味の強さ、食感、食後の重さ、主食として続けることへの抵抗感。 |
| 戻したこと | ご飯を炊く、汁物を作る、野菜を一品足す、といった簡単な自炊。 |
コンビニのご飯に感じた違和感
私がコンビニのご飯に感じた違和感は、いくつかあります。まず、味が強く感じることです。塩気、油、甘味、うま味がはっきりしていて、食べている最中は分かりやすい。それでも、食べ終わったあとに少し重く感じることがあります。次に、ご飯の食感です。品質を安定させるための工夫があるのだと思いますが、自分で炊いたご飯とはかなり違って感じます。毎日の主食として考えると、炊いた米の方が自然に入ってくる感覚があります。
さらに、保存性の高さにも違和感が出てきました。長く置けることは、商品としては大きな利点です。食品ロスを減らすうえでも、流通や店舗運営を考えても必要なことだと思います。ただ、日常の食事として続けていると、その便利さの裏側にある加工や調整を、身体の側が少し重く受け取るようになりました。
コンビニ食が食べづらくなった理由
便利さそのものではなく、味の強さ、主食の食感、食後の重さ、食事を自分で組み立てていない感覚が重なったのだと思います。食品の善悪ではなく、自分の身体感覚との相性の問題です。
食品ロスや便利さの事情は理解している
コンビニ食品には、コンビニ食品としての設計があります。店舗数が多く、長い時間営業し、広い地域で一定の品質を保つ。売れ残りを減らし、食品ロスを抑え、買った人がすぐ食べられるようにする。そのためには、保存性や味の安定性が重要になります。だから、日持ちすることや味がはっきりしていることを、単純に悪いとは言えません。それは家庭料理とは別の制約の中で作られているからです。ただ、仕組みとして理解できることと、自分の毎日の食事として合うことは別です。
コンビニ食は、必要なときには本当に助かります。しかし、それを日常の中心にし続けると、自分の食事の感覚が少しずつ外側に寄っていくように感じました。
自炊に戻るきっかけは小さくてよい
コンビニ食が食べづらくなってきてから、また自炊に戻ろうと思うようになりました。とはいえ、いきなり立派な料理を毎日作る必要はありません。ご飯を炊く。味噌汁を作る。野菜を炒める。豆腐や卵を足す。肉や魚を焼く。そこまでで十分です。自炊に戻るというのは、凝った料理を作ることではありません。自分が食べるものを、自分の感覚で少しだけ取り戻すことです。コンビニ食が続いたあとほど、その差は分かりやすくなります。炊いたご飯の匂い、味噌汁の温かさ、野菜の水分、炒め物の香り。そういうものがあるだけで、食事の感覚が戻ってくる。
食生活を立て直す入口は、意外と小さいところにあるのだと思います。
完全にやめるより距離を決める
コンビニ食を完全にやめる必要はありません。忙しいときや外出中には便利です。体調が悪くて料理できない日もあります。無理に避けようとすると、かえって食事そのものが面倒になります。大事なのは、中心に置くか、補助として使うかです。私の場合、コンビニ食は補助として使うくらいがちょうどよく、日常の中心は自炊に戻した方が体感として楽でした。必要なときには使う。ただ、毎日の食事の基準までは預けない。
その距離感が、今の自分には合っています。
まとめ
コンビニのご飯が食べづらくなってきたのは、便利さを否定したいからではありません。テレワークでコンビニ食が増え、味の強さ、食感、保存性、食後の重さに対する感覚が少しずつ変わっていったのだと思います。食生活を戻したいときは、まずコンビニを完全にやめることより、自分で食べたいと思える簡単な食事を一つ作るところから始めるのが現実的です。ご飯を炊く。汁物を作る。野菜を少し食べる。それだけでも、食事の感覚はかなり戻ってきます。


