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美術館のあとに食べる蕎麦は少し特別である – 上野 味喜庵の山芋つけとろそば

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昨日、久しぶりに昼の上野を歩きました。

上野という街は、少し不思議な場所だと思います。美術館があり、公園があり、少し歩けば昼から飲める店もあります。文化的な場所でありながら、同時に雑多で、少し猥雑な空気もある。その両方が、かなり近い距離に同居しています。

この日は国立西洋美術館に行ったあと、少し食事をしようと思い、蕎麦屋に入りました。店の名前は、味喜庵 上野店です。

注文したのは、山芋つけとろそばでした。冷たい蕎麦に、粘りの強い山芋と卵黄が添えられた一品です。

この記事では、上野で食べた蕎麦の感想を、単なる味の記録としてではなく、美術館を出たあとの身体と街の感覚に重ねて整理します。国立西洋美術館のあとに食べる蕎麦は、空腹を満たすだけではなく、静かな場所から上野の街へ戻るための食事だったように思います。

この記事は、味喜庵 上野店で山芋つけとろそばを食べた個人的な記録です。営業時間、価格、メニュー内容は変わる可能性があるため、訪問前には公式情報や店舗情報を確認してください。

美術館のあとは、少し静かな食事が欲しくなる

美術館を出たあとは、頭が少し静かになっています。

もちろん、絵を見たあとに何か明確な答えが出るわけではありません。ただ、展示室を歩き、作品の前で立ち止まり、説明を読み、また歩く。そういう時間を過ごしたあとは、普段とは少し違う頭の使い方になっています。

その状態で、すぐに騒がしい店へ入る気にはあまりなりません。強い味のものを勢いよく食べるというより、身体を少し落ち着かせるような食事が欲しくなります。昨日の自分にとって、それが蕎麦でした。

蕎麦は、食事としては軽いです。それでも、麺の締まり、香り、つゆ、薬味の具合で、印象はかなり変わります。美術館のあとに食べるには、ちょうどよい緊張感があります。

訪れた場所国立西洋美術館のあと、上野で食事
味喜庵 上野店
食べたもの山芋つけとろそば
印象冷たく締まった蕎麦、粘りの強い山芋、卵黄のまろやかさが、美術館後の静かな頭に合っていた

二段重ねのせいろが、食事にリズムを作る

味喜庵で食べた山芋つけとろそばは、二段重ねのせいろで出てきました。

この出し方が、まず少し嬉しい。一枚の皿にまとめて盛られているのではなく、せいろが二段に分かれている。一段ずつ食べ進めることで、食事の流れに小さな区切りが生まれます。

冷たい蕎麦は、勢いで食べようと思えば食べられます。しかし、二段のせいろで出されると、自然と一段目、二段目という流れになります。その区切りが、美術館を出たあとの少し静かな頭に合っていました。

空腹を満たすだけなら、一皿に盛られていてもいいのかもしれません。ただ、二段重ねのせいろには、蕎麦を食べる時間を少し整えてくれる感じがあります。こういう細かい出し方の違いで、食事の印象はかなり変わります。

しっかり締まった蕎麦に輪郭があった

蕎麦そのものも、しっかり締まっていました。

冷たい蕎麦は、締まり方で印象がかなり変わります。柔らかくぼんやりした蕎麦だと、食べていて輪郭が曖昧になります。しかし、この日の蕎麦は水でしっかり締められていて、口に入れたときの感触がはっきりしていました。

単に冷たいということではありません。蕎麦としての輪郭があります。

噛むと、きちんと蕎麦の風味も感じられます。強く香りを押し出してくるというより、噛んでいるうちに蕎麦らしさが立ち上がってくる感じでした。

展示室を歩いたあとの少しぼんやりした感覚に、冷たく締まった蕎麦が入ってくる。それによって、頭と身体のピントが少し戻るような感じがありました。

山芋の粘りが、食事に深さを出していた

特に印象に残ったのは、山芋です。

山芋は粘りが非常に強く、箸で持ち上げると、餅のようにまとまるほどでした。さらっとしたとろろではなく、かなり力のある山芋です。

この粘りが、蕎麦によく絡みます。蕎麦を山芋につけると、麺の表面に山芋がしっかりまとわりつく。その状態で食べると、蕎麦の風味に、山芋の滋味深さが重なります。

山芋の良さは、食べているうちに少しずつ効いてくるところにあります。粘りがあり、重みがあり、しかし後味はしつこくない。蕎麦と合わせることで、食事全体に落ち着いた深さが出ていました。

美術館のあとに欲しかったのは、たぶんこういう味だったのだと思います。刺激で目を覚ますのではなく、身体の側からゆっくり戻ってくるような味です。

山芋つけとろそばの良さ

冷たい蕎麦の輪郭に、山芋の粘りと卵黄のまろやかさが重なることで、軽い食事でありながら満足感が出ます。美術館のあとに食べるなら、強い味よりも、このくらい静かな深さの方が合うのかもしれません。

卵黄が、全体をまろやかにまとめる

卵黄が添えられているのも良かったです。

山芋だけでも十分に成立していますが、そこに卵黄を加えると、全体が少し丸くなります。山芋の強い粘りと、蕎麦の香りに、卵黄のまろやかさが加わる。

この組み合わせによって、山芋の力強さが少しやわらぎます。蕎麦の香りも、卵黄によって角が取れ、口の中でまとまりやすくなる。

豪華な料理になるわけではありません。それでも、卵黄があるだけで、素朴な食事に少し満足感が生まれます。この加減がちょうどよかった。

美術館のあと、歩いた身体を落ち着かせながら、少しだけ満たされる。昨日の食事には、そういう控えめな贅沢さがありました。

参考
書籍
参考書籍

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美術館から街へ戻る途中の食事

上野という街には、美術館や博物館の静けさと、飲食街の雑多さが近い距離で並んでいます。

ただ、それは地図上の話だけではありません。実際にそのあいだを歩いてみると、もう少し身体的な感覚として分かります。

美術館を出る。公園の空気を抜ける。少しずつ人の声や店の気配が増えてくる。その途中で蕎麦屋に入る。昨日の蕎麦は、その移行の時間にうまくはまっていました。

二段重ねのせいろが、食事に落ち着いたリズムを作る。しっかり締まった蕎麦が、静かになった頭に輪郭を戻す。粘りの強い山芋が、歩いた身体に滋味を戻す。卵黄のまろやかさが、全体を少し柔らかくまとめる。

それぞれの要素は、単なる味の説明としても書けます。しかし昨日の自分には、それ以上に、美術館の余韻を残したまま街へ戻っていくための食事として感じられました。

まとめ

昨日の蕎麦が印象に残ったのは、味だけではなく、食べた場所とタイミングがよかったからだと思います。

同じ山芋つけとろそばでも、慌ただしい昼休みに食べていたら、ここまで印象に残らなかったかもしれません。国立西洋美術館を出たあと、少し静かになった頭で、上野の街に戻る途中に食べたからこそ、この一杯がよく合っていました。

味喜庵 上野店で食べた山芋つけとろそばは、単に空腹を満たすための昼食ではありませんでした。美術館を出たあとの頭と、上野を歩いた身体に、ちょうどよく収まる一杯でした。

そう考えると、昨日の蕎麦は、かなり上野らしい食事だったと思います。

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