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私は、食べることとお酒を飲むことが好きです。
ただ、食べ物を単純に「おいしい」「まずい」だけで判断したいわけではありません。もちろん、自分の好みはあります。苦手な味もあります。それでも、苦手だと感じた瞬間に理解を閉じてしまうと、食の面白さはかなり狭くなると思っています。
苦味、青臭さ、発酵食品の匂い、魚介の香り、香辛料の強さ。最初は食べにくく感じるものでも、料理の中で役割を持っていることがあります。単体では強すぎる味が、油、酸味、だし、酒、米、野菜と組み合わさることで、急に意味を持つことがある。
食への向き合い方とは、無理に何でも好きになることではありません。自分の感覚を大事にしながら、その味がなぜそこにあるのかを少しだけ考えることだと思います。
この記事は、食生活や味覚についての個人的な考え方です。苦手な食材を無理に食べる必要はありません。アレルギー、体質、持病、食事制限がある場合は、自分の身体に合う範囲で判断してください。
好き嫌いだけで味を閉じない
食べ物には、直感的に好きだと思えるものがあります。
甘いもの、脂のうま味が強いもの、分かりやすく塩気があるものは、入口が広い。食べてすぐにおいしいと感じやすい。こういう味は、あまり説明しなくても受け入れやすいです。
一方で、苦味や香りの強い食材は、最初から分かりやすいわけではありません。フキノトウの苦味、パクチーの青臭さ、ブルーチーズや納豆の発酵臭、魚の内臓に近い風味。こうしたものは、慣れていないと抵抗があります。
けれど、抵抗があることと、そこに価値がないことは別です。
苦味が脂を切ることがあります。青臭さが料理に軽さを出すことがあります。発酵食品の匂いが、うま味や奥行きとして働くこともあります。単体では苦手でも、料理全体の中では必要な要素になる場合がある。
だから私は、苦手な味に出会ったとき、すぐに「これはまずい」で終わらせないようにしています。なぜこの味なのか。何と合わせると生きるのか。どの料理の中で意味を持つのか。そこを少し考えるだけで、食べ物の見え方は変わります。
| 苦味 | 脂っこさを切ったり、季節感を出したりする。山菜やビール、コーヒーにも現れる。 |
|---|---|
| 青臭さ | 料理に軽さや鮮度感を足す。ハーブや青菜では、香りとして働くことがある。 |
| 発酵臭 | 慣れるまでは強く感じるが、うま味や奥行きにつながる場合がある。 |
| 香辛料 | 辛さだけでなく、香り、温かさ、余韻を作る。料理の輪郭を変える。 |
パクチーは単体ではなく料理の中で見る
分かりやすい例がパクチーです。
パクチーは苦手な人が多い食材です。私も、かなり独特な青臭さを持つハーブだと思っています。単体で大量に食べたいかと言われると、そうではありません。
それでも、東南アジアの料理や香辛料を多く使う料理の中では、パクチーの香りが必要になる場面があります。油、酸味、辛味、香辛料が強い料理に入ることで、全体にフレッシュな輪郭を足します。
ここで大事なのは、パクチーを単体の好き嫌いだけで見ないことです。
料理には文脈があります。何と一緒に食べるのか。どの温度で食べるのか。油の重さをどう切るのか。酸味や辛味とどう重なるのか。そうした関係の中で見ると、苦手な香りにも役割が見えてきます。
もちろん、それでも苦手なら無理に食べなくてよいと思います。ただ、「苦手だから不要」と決める前に、一度だけ料理の中での役割を見る。その姿勢は、食への理解を広げてくれます。
栄養だけで食を見ない
食材の栄養を知ることは大事です。
ただ、栄養素だけで食を見ても、実際の食事には落ちにくいと思います。たんぱく質、食物繊維、ビタミン、ミネラルといった言葉は必要ですが、それだけで毎日の食事を組み立てるのは意外と難しい。
同じ野菜でも、生で食べるのか、炒めるのか、煮るのか、漬けるのかで印象は変わります。小松菜も、にんにくと生姜で炒めれば食べやすくなります。きゅうりも、酢味噌を添えるだけでつまみになります。里芋も、味噌仕立ての芋煮にすると、具だくさんの汁物として食事に入れやすくなります。
栄養は重要です。しかし、食べ続けるには、味、調理、手間、文化、自分の身体感覚まで含めて考える必要があります。
食材を見るときの観点
その食材に何が含まれるかだけでなく、どう調理すると食べやすいか、どの料理で生きるか、自分の生活に入れやすいかを見る。栄養、味、手間、文化を分けて考えると、食生活に落とし込みやすくなります。
バランスよく食べるを具体化する
「バランスよく食べる」という言葉は便利ですが、そのままだと少し曖昧です。
何を、どのくらい、どの頻度で食べるのか。どの食材が足りていないのか。どの料理なら続けられるのか。そこまで落とさないと、実際の食事は変わりません。
私の場合は、毎日の食事に野菜、汁物、米、たんぱく質をどう入れるかを考える方が現実的です。完璧な栄養管理を目指すというより、食事が極端に偏らないようにする。外食や惣菜に頼る日があっても、どこかで青菜や具だくさんの汁物を足す。
そのくらいの粒度の方が続けやすいです。
食生活は、正しい知識だけでは続きません。自分の生活の中で、どの形なら無理なく回るのかを見つける必要があります。食への向き合い方は、理想論ではなく、日々の運用でもあります。
苦手なものを無理に好きになる必要はない
食への理解を広げることは、苦手なものを無理に好きになることではありません。
どうしても合わないものはあります。体質的に避けた方がよいものもあります。香りや食感がどうしても苦手なものを、精神論で食べる必要はありません。
大事なのは、「苦手」という感覚を否定せず、その上で少しだけ分解してみることだと思います。
味が強すぎるのか。香りが苦手なのか。食感が合わないのか。調理方法が合っていないのか。量が多すぎるのか。組み合わせが悪いのか。そこまで分けて考えると、苦手な食材でも別の食べ方が見つかることがあります。
それでも合わなければ、避ければよい。ただ、理由を少し見るだけで、自分の味覚や食生活への理解は深くなります。
まとめ
食への向き合い方は、好き嫌いを消すことではありません。
自分の感覚を大事にしながら、その味がどの料理で、どの文脈で、どの役割を持っているのかを見ることです。苦味、青臭さ、発酵臭、香辛料の強さも、単体では苦手でも、料理の中では意味を持つことがあります。
食は、栄養だけでも、嗜好だけでも、文化だけでも説明しきれません。体に入るものであり、生活の一部であり、楽しみでもあります。
だからこそ、食べ物をすぐに好き嫌いで閉じず、少しだけ背景を見る。なぜこの味なのか、何と合わせるとよいのか、どう調理すると印象が変わるのか。そう考えるだけで、食事は少し面白くなると思います。


