2026 年 3 月 7 日に、ブルーノート東京で PINO PALLADINO & BLAKE MILLS featuring CHRIS DAVE & SAM GENDEL を聴きました。
ピノ・パラディーノを生で聴く機会は、ベースを弾く人間にとってかなり特別です。しかも今回は、ブレイク・ミルズ、クリス・デイヴ、サム・ゲンデルとの編成です。単に名手が集まったライブというより、音数、間、重心、反応の仕方そのものを見に行く公演だったと思います。
当日は 2nd show に参加しました。公式の公演情報では、2026 年 3 月 7 日の 2nd は 18:30 開場、19:30 開演です。座席はステージ横に近い位置で、音だけでなく、演奏中の身体の動きや視線のやり取りも比較的見えやすい場所でした。
Blake Mills
Pino Palladino & Blake Mills
『Notes With Attachments』や『That Wasn’t A Dream』など、Pino Palladino と Blake Mills のコラボレーション作品を確認できます。
Amazon で見るこのリンクは Amazon アソシエイトリンクです。
ベースが中心にいるのに、前に出すぎない
ピノ・パラディーノの演奏を聴いて改めて感じたのは、ベースが音楽の中心にいるのに、必要以上に前に出てこないことです。これは控えめという意味ではありません。むしろ、音楽全体の重心を決めているのは明らかにベースです。
ただし、その支配の仕方が派手なフレーズや大きな音量ではありません。音価、置き方、鳴らす場所、抜く場所で曲の重さを変えています。フレーズだけを取り出すと複雑すぎるわけではないのに、実際の演奏では、ベースが入る位置によって空間の圧力が変わるように感じました。
ベースは低音を出す楽器ですが、低い音を鳴らしていれば音楽の土台になるわけではありません。どのタイミングで、どの長さで、どの強さで鳴らすかによって、同じ音でも意味が変わります。ピノの演奏は、その当たり前のことを非常に高い精度で示していました。
Blake Mills のギターは空白を作る
ブレイク・ミルズのギターは、楽曲を埋めるための伴奏というより、空白を作るための音に近かったです。コードを厚く鳴らして場面を説明するのではなく、音色、ノイズ、短いフレーズ、余韻で曲の輪郭を変えていました。
この編成では、ギターが前に出て曲を引っ張る場面もありますが、常に主役として振る舞うわけではありません。ピノのベース、クリス・デイヴのドラム、サム・ゲンデルのサックスが動く余地を残しながら、必要な場所にだけ音を置いています。
そのため、曲が分かりやすいロックバンドのように進行するわけではありません。むしろ、演奏者同士が同じ空間を共有しながら、誰かが少し角度を変えると全体の景色が変わるような音楽でした。
Chris Dave のドラムは拍を固定しない
クリス・デイヴのドラムは、拍をただ分かりやすく固定する演奏ではありません。もちろん時間の中心はあります。しかし、細かい位置が常に動いていて、聴いている側の身体感覚を少しずつずらしてきます。
このずれ方が非常に面白いです。リズムが崩れているのではなく、拍の上に置く、少し後ろへ置く、急に密度を上げる、抜く、という判断が連続しています。ベースとドラムが一体になってグルーブを作るというより、互いに牽制しながら重心を更新しているように見えました。
ベースとドラムが固定した土台を作り、その上でギターやサックスが自由に動く、という単純な分業ではありません。全員が土台にもなり、装飾にもなり、時には空白にもなる。その不安定さが音楽の緊張感を作っていました。
Sam Gendel のサックスは旋律というより質感だった
サム・ゲンデルのサックスは、分かりやすいソロを吹いて曲を盛り上げるというより、音色そのものを変化させる役割が大きかったです。旋律として追える部分もありますが、それ以上に、音の揺れや質感が曲の温度を変えていました。
サックスが入ると、音楽が急に人間の声に近づくような感覚があります。一方で、吹き方や音色の処理によっては、声というより電子的な質感にも聞こえます。この曖昧さが、ピノとブレイク・ミルズの音楽に合っていました。
ベース、ギター、ドラム、サックスという編成だけを見ると、比較的分かりやすいバンドのようにも見えます。しかし実際には、各楽器の役割が固定されず、音の境界が少しずつ溶けていくような演奏でした。
ステージ横の席で見えたこと
当日の席は、ステージ横に近い位置でした。正面から全体を俯瞰する席とは違いますが、演奏者の身体の動きや、互いを見る瞬間が分かりやすい席でもあります。
この公演では、その位置が良かったと思います。音楽の構造を分析するというより、演奏者がどのタイミングで反応しているのか、誰の音に誰が応じているのかが見えました。特にピノのベースは、派手に動いているようには見えないのに、音の置き方で曲の重心を変えていました。
ライブでは、音源だけでは分かりにくい情報があります。手元の動き、身体の揺れ、次の展開を待つ間、音を出さない時間。そのようなものが見えると、演奏は単なる音の結果ではなく、その場で判断され続けている行為だと分かります。
曲ではなく、判断の連続を聴くライブだった
この日の演奏は、曲を順番に聴くというより、判断の連続を聴くライブでした。誰かが音を置くと、ほかの誰かが受ける。受けた音に対して、さらに別の音が返る。その反応が速く、しかも説明的ではありません。
分かりやすいサビや大きな盛り上がりだけを求めると、つかみにくい部分もあると思います。しかし、音楽の密度は非常に高いです。音数が多いという意味ではなく、鳴っている音と鳴っていない音の両方に意味があるという密度です。
ベースを弾く立場から見ると、ピノの演奏は特に勉強になります。速く弾くことや目立つことではなく、音楽の中でどこに重心を作るか、どこで引くか、どの音を長く残すか。その判断が、演奏全体の説得力を決めていました。
当日の記録
当日は友人と後楽園付近で合流してから会場へ向かいました。スクリーンショットとして残っているやり取りを見ると、座席位置や開場時間を確認しながら動いています。個人的な記録としては、こうした移動や待ち合わせも含めてライブの記憶になります。
ただし、記事として重要なのは、誰と何を話したかではありません。ブルーノート東京という比較的近い距離で、ピノ・パラディーノ、ブレイク・ミルズ、クリス・デイヴ、サム・ゲンデルの演奏を聴けたことです。これは、音楽を聴く体験としても、ベースを考える材料としてもかなり大きい出来事でした。
まとめ
PINO PALLADINO & BLAKE MILLS featuring CHRIS DAVE & SAM GENDEL の公演は、名手の演奏を浴びるだけのライブではありませんでした。ベース、ギター、ドラム、サックスが、それぞれの役割を固定せず、音楽の重心をその場で作り続ける演奏でした。
特にピノ・パラディーノのベースは、目立つことと中心にいることが別であることを示していました。大きく前に出なくても、音楽の重さ、方向、時間の流れを決められる。ベースという楽器の本質を、かなり高い密度で見せられた気がします。
音源で聴く作品ももちろん重要です。しかし、この編成の音楽は、演奏者同士の反応や空白の作り方まで含めて成立しているため、ライブで聴いた意味は大きかったです。ベースを弾く人間として、しばらく残る体験になりました。
参考情報
- BLUE NOTE TOKYO – PINO PALLADINO & BLAKE MILLS featuring CHRIS DAVE & SAM GENDEL
- BLUE NOTE TOKYO LIVE REPORTS – PINO PALLADINO & BLAKE MILLS featuring CHRIS DAVE & SAM GENDEL
あわせて読みたい:
- Abraham Laboriel のベース
グルーブ、音色、存在感という観点から、ベースが音楽に与える重さを整理しています。 - Brian Bromberg のベース
エレキとウッドを弾き分ける技術、音色の広さ、低音楽器としての完成度を振り返ります。 - 久しぶりにベースを再開するときの練習
ベースを再開するときに、演奏の感覚をどう戻すかを整理しています。


