音楽は聴く人の所感に左右される部分が大きく、数値だけでは評価しにくいものです。だからこそ、楽器を始めた初期には「微妙なところ」を指摘してマウントを取るような会話が起きやすいと思います。
もちろん、チューニング、ミュート、理論、ポジション、コピーの精度は大事です。ただ、それらは本来、演奏を良くするための観点であって、相手を黙らせるための道具ではありません。
チューニングが間違っている
実際にチューニングが間違っていることはあります。しかし、具体的にどの弦がどれくらいずれているのかを言わずに「なんか違う」とだけ言うのは、あまり建設的ではありません。
正しくは、「少しチューニングが違うように聞こえるので、一度合わせてみようか」くらいでよいはずです。指摘する側にも、音を具体的に確認する姿勢が必要です。
ミュートができていない
ミュートは、ギターやベースでは最低限必要な技術です。ただし、完全に不要弦の音をゼロにすることだけが目的ではありません。フレーズの滑らかさ、音の勢い、スピードとのバランスがあります。
ミュートばかり指摘する人は、曲や演奏全体を聴かず、雑音検知だけに寄っている場合があります。重要なのは、不要な音が音楽を邪魔しているかどうかです。
理論は知らなくていいという話
「理論は知らなくていい」「理論にしばられたくない」という言葉もよくあります。気持ちは分かりますが、理論を全く知らなくてよいわけではありません。
プロのミュージシャンが「理論よりハート」と言う場合でも、多くの場合、最低限のセッションができる知識や耳は持っています。理論を知らないことを自由と呼ぶのは、少し危ういと思います。
本人と同じポジションで弾いていない
コピーの場合に、本人と押さえているフレットや弾いている弦が違うという指摘もあります。もちろん、同じ音程でもポジションによって響きは変わります。開放弦か押弦かでも違います。
ただ、ギターやベースは同じ音が複数の場所にあります。曲の意図から外れていないなら、その人が弾きやすいポジションで弾くことにも意味があります。むしろ、指板上の音を考えるきっかけになります。
完コピが全てではない
完コピを否定しているわけではありません。好きなプレイヤーを研究するために、フレーズ、運指、ニュアンスまでコピーすることはとても勉強になります。
ただ、ずっと完コピだけに閉じると、音楽的な幅は広がりにくいです。部分的にフレーズを変える、構成を考える、曲の構造を見る。そうした作業も、演奏を楽しむためには大事です。
まとめ
微妙な指摘そのものが悪いわけではありません。問題は、それが演奏を良くするためではなく、相手にマウントを取るために使われることです。
本当に良い指摘は、具体的で、確認可能で、演奏を前に進めます。音楽を聴くなら、相手を負かすより、曲と演奏をよくする方向で話した方が健全だと思います。
資料
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