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山口達也氏の酒気帯び運転 – 飲酒問題と社会復帰の難しさを考える

元 TOKIO の山口達也氏が、2020 年 9 月に酒気帯び運転の疑いで逮捕されたというニュースを見た時、単なる芸能ニュースとして消費するには重い出来事だと感じました。過去にも酒に関係する問題が報じられていた人物が、再び飲酒に関係する形で事故を起こしたからです。

もちろん、飲酒運転は明確に危険な行為です。本人の事情がどうであれ、運転する以上は他人の命を巻き込む可能性があります。この点は、同情や再起の話とは切り分けて、厳しく見なければならないと思います。

飲酒運転は「失敗」では済まない

酒を飲んで運転することは、単なる判断ミスではありません。事故になれば、相手の人生も、自分の人生も、一瞬で壊してしまいます。今回の件ではけが人はいなかったと報じられていますが、結果的に被害が小さかったから問題が軽くなるわけではありません。

警察庁も、飲酒運転の危険性や根絶に向けた取組を継続的に案内しています。社会全体として「飲んだら乗らない」を徹底するしかなく、芸能人だから、一般人だからという違いはありません。

依存の問題として見る難しさ

一方で、この件を「またやったのか」と叩くだけで終わらせるのも違う気がします。アルコールの問題は、本人の意思の弱さだけで説明できない部分があります。厚生労働省の資料でも、アルコール健康障害は本人の健康だけでなく、飲酒運転、暴力、虐待、自殺などの社会問題にも関連すると説明されています。

依存の問題があるなら、本人の反省だけでなく、治療、相談、周囲の支援、再発を防ぐ仕組みが必要になります。ただし、それは責任を免除するという意味ではありません。危険な行為を止める責任と、回復のための支援は、両方必要なのだと思います。

社会復帰は美談だけでは語れない

有名人の不祥事では、復帰するかどうか、許されるかどうかが話題になりがちです。しかし、本当に重要なのは、表舞台に戻ることではなく、同じ問題を繰り返さない生活を作れるかどうかです。

社会復帰は、本人が反省を語れば終わるものではありません。失った信用をどう回復するのか。危険な行動を繰り返さないために、どのような環境を作るのか。周囲はどこまで支え、どこからは距離を置くのか。そこまで含めて考えないと、同じことが繰り返されてしまいます。

人を叩くだけでは問題は残る

このニュースに対して、失望する気持ちは自然です。飲酒運転は許されないし、過去の経緯を考えれば、なおさら厳しい目で見られるのも仕方がありません。

ただ、個人を叩いて終わるだけでは、飲酒問題や依存、社会復帰の難しさは残ります。酒に関する問題は、本人の問題であると同時に、周囲がどう気づき、どう止め、どう支えるのかという社会の問題でもあります。

今回の件は、芸能人の不祥事としてではなく、飲酒運転の危険性と、アルコールに関わる問題の根深さを考える出来事として記録しておきたいと思います。

参考情報

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