「トリニクって何の肉!?」は、テレビ朝日で放送されていたクイズバラエティ番組です。この記事で書きたいのは、番組全体の好き嫌いというより、タイトルと問題の扱いに対する違和感です。
私が最も引っかかったのは、「トリニクって何の肉?」という問いそのものです。番組の意図としては「鶏肉はニワトリの肉」と答えさせたいのだと思います。しかし、言葉としての「鳥肉」と「鶏肉」は完全に同じではありません。
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鳥肉と鶏肉は同じではない
一般的な会話では、トリニクと言えば鶏肉を指すことが多いと思います。しかし、広い意味で見れば、鳥肉は鳥類の肉を指す表現でもあります。
一方、鶏肉はニワトリの肉です。つまり、「ニワトリの肉」を答えさせたいなら、問いは「鶏肉って何の肉?」に近いはずです。もちろん、それでは番組タイトルとして成立しづらいのでしょうが、そこに言葉の雑さを感じます。
正しい疑問を笑いものにする構造
番組内で、回答者が「トリの肉で何がおかしいのか」という趣旨の疑問を示した場面がありました。私は、その疑問自体はかなり自然だと思います。
ところが、番組の空気としては、それを間違いとして笑う方向に進みます。ここが気持ち悪いところです。言葉の定義に幅がある話を、あたかも一つの正解だけがあるかのように扱い、その疑問を持った人を笑う。これはクイズというより、空気で人を押しつぶす構造に見えます。
バラエティだから許されるのか
もちろん、バラエティ番組に学術的な厳密さを求めすぎるのは違うかもしれません。笑いを作るために単純化することもあるでしょう。
しかし、単純化と雑さは違います。特に、言葉の定義や知識を扱う番組であれば、「なぜその答えなのか」を丁寧に扱う必要があります。
知識を笑いにする難しさ
知識系バラエティは、作り方を間違えると、知らない人を笑う番組になります。本来なら、知らなかったことを知る面白さや、言葉の奥行きに気づく面白さがあるはずです。
- 問いの前提を明確にする。
- 別解や疑問を雑に笑わない。
- 知識不足を人格の問題にしない。
- 言葉の揺れを扱うなら、その揺れも説明する。
「トリニクって何の肉!?」への違和感は、単に番組が嫌いという話ではありません。言葉を雑に扱い、その雑さを笑いで押し切る番組設計への違和感です。


私もこの番組はなくなってほしいと思っています。
ネタもどうでもいいようなものが多いし、解説も稚拙でたまに事実と違うことを言っていたりします。見ていても何の得にもなりません。家族が好きでよく観るのであまり見るなと強く言えないのが辛いのですが…。