コロナ禍の所感
- 2020 年のコロナは未知の思考が必要だった – 不確実性の中で考える
未知の有事では、検査や自粛だけでなく補償と弱い立場への影響まで考える必要がある、という所感です。 - コロナでまた緊急事態宣言か – 繰り返される宣言と社会の疲弊
緊急事態宣言が繰り返される時に、政治判断と社会の疲弊をどう見るかを整理した記事です。
新型コロナウイルスの流行によって、リモートワークは一気に一般化しました。当時は社会全体が大きく混乱していましたが、自分にとっては、働き方を考え直すきっかけにもなりました。
リモートワークは不便なだけではなかった
リモート会議は難しい、対面でなければ仕事にならない、という意見もありました。ただ、自分の感覚では、リモートワークには工夫の余地が多くありました。
資料を事前に整える、画面共有を前提に話を組み立てる、議論したい内容を明確にする。こうした準備を意識すると、むしろ仕事の基本に立ち返る機会になります。
伝え方の設計が問われる
対面では、場の空気や雑談で補えていたものがあります。リモートでは、それが薄くなるため、何を伝えたいのか、何を決めたいのか、どこまでが共有済みなのかを明確にする必要があります。
| 観点 | リモートワークで見えやすくなること |
|---|---|
| 資料 | 事前準備の粗さがそのまま出る |
| 会議 | 目的と結論が曖昧だと進みにくい |
| 連絡 | 文字で伝える力が重要になる |
| 生活 | 通勤が減る一方で切り替えが難しくなる |
課題も残る
もちろん、リモートワークには課題もあります。偶然の相談が減ること、雑談が減ること、家の環境によって働きやすさが変わること、仕事と生活の境目が曖昧になることです。
リモートワークを単純に良いもの、悪いものとして見るより、どの仕事に向いていて、どの部分には補助が必要なのかを分けて考える方が現実的です。
まとめ
コロナ禍は、リモートワークの魅力と課題を一気に可視化しました。自分にとっては、働く場所の問題だけでなく、仕事の準備、伝え方、会議の設計を考え直す機会でした。リモートワークは目的ではなく、仕事をどう設計するかを見直すための手段だと思います。
関連する記事
- 2020 年のコロナは未知の思考が必要だった – 不確実性の中で考える
未知の有事では、検査や自粛だけでなく補償と弱い立場への影響まで考える必要がある、という所感です。 - コロナでまた緊急事態宣言か – 繰り返される宣言と社会の疲弊
緊急事態宣言が繰り返される時に、政治判断と社会の疲弊をどう見るかを整理した記事です。 - コロナ禍で拡大するもの – 有事に伸びる仕組みと社会の偏り
有事に拡大する格差や仕組みを、当時の社会不安として整理した記事です。 - コロナ禍の近所の中華料理屋さん – 生活圏に残る店のありがたさ
飲食店への一方的な責任転嫁ではなく、生活圏の店が生き残る意味を考えた記事です。
コロナ禍から見えたリモートワークの魅力と課題

