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コロナ禍で拡大するもの – 有事に伸びる仕組みと社会の偏り

コロナ禍の所感

コロナ禍のような有事で拡大するものは何か。当時の自分は、まず格差だと感じていました。感染症の被害だけでなく、制度や働き方、生活基盤の差が、一気に表面化したからです。

有事は社会の偏りを拡大する

平時には見えにくい差が、有事でははっきり見えます。在宅勤務できる人とできない人。収入が守られる人と失われる人。補償にアクセスできる人とできない人。店を閉められる人と閉めた瞬間に生活が崩れる人。

同じ社会にいても、受けるダメージは同じではありません。だから、有事の政策は全員に同じことを求めるだけでは足りません。

守られる人と守られない人

当時の空気には、守られる人は徹底的に守られ、守られない人は徹底的に守られない、という偏りが見えました。これは感染症対策の是非だけではなく、日本社会の設計そのものの問題です。

正しいことを言っているように見える人でも、自分が制度や会社に守られている前提を忘れると、弱い立場の人には届きません。

政治には頼りなさも見えた

当時の政治の発信には、頼りなさを感じる場面がありました。もちろん、誰が担当しても簡単な状況ではありません。しかし、国民に負担を求めるなら、何を守るための判断なのかをもっと明確に語る必要があったと思います。

まとめ

コロナ禍は、感染症そのものだけでなく、社会の偏りを拡大して見せる出来事でした。有事に伸びる仕組み、有事で追い込まれる人、有事でも守られる人。その差を見ないままでは、同じような危機が来た時にまた同じ問題が繰り返されます。

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