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マイナ保険証の問題はデジタル化ではなく移行設計にある – 本人確認、医療現場、例外対応を分けて考える

マイナ保険証の問題は、紙の健康保険証を守るか、デジタル化を進めるかという単純な対立ではありません。医療保険の資格確認をデジタル化すること自体には意味があります。資格情報をオンラインで確認できれば、転職、退職、扶養変更、保険者変更のような場面で、古い保険証が残ることによる確認ミスを減らせる可能性があります。

しかし、制度として正しい方向を向いていることと、移行設計が適切であることは別です。マイナ保険証をめぐる不信感は、デジタル化そのものへの反発だけではなく、本人確認、医療現場の負荷、例外対応、資格確認書、システム障害時の扱い、データ誤登録への対応が、生活者から見て十分に納得できる形で設計・説明されてこなかったことから生じています。

2026 年 7 月 18 日時点の厚生労働省の案内では、従来の健康保険証の有効期限は 2025 年 12 月 1 日で終了しています。また、有効期限切れに気付かず従来の健康保険証を持参した場合に利用可能としていた対応も、2026 年 7 月 31 日で終了します。つまり、制度はすでに「マイナ保険証か資格確認書を提示する」段階に入っています。だからこそ、いま見るべきなのは賛成か反対かではなく、移行後の運用が本当に安全で、医療現場と利用者に無理を押し付けていないかです。

マイナ保険証は新しいカードではない

まず整理しておきたいのは、マイナ保険証という新しい証明書が発行されるわけではないという点です。マイナ保険証とは、健康保険証として利用登録されたマイナンバーカードの通称です。利用登録は、医療機関や薬局の顔認証付きカードリーダー、マイナポータル、セブン銀行 ATM などで行えます。

医療機関や薬局で利用する場合は、カードリーダーでマイナンバーカードを読み取り、顔認証または 4 桁の暗証番号などで本人確認を行い、医師や薬剤師へ提供する情報について同意を選択します。ここには、単に保険証を置き換える以上の意味があります。本人確認、資格確認、医療情報提供の同意が同じ受付動線に乗るためです。

従来の健康保険証資格を示す紙またはカードを提示する。本人確認や資格の最新性は別途確認が必要になる場合がある
マイナ保険証健康保険証利用登録済みのマイナンバーカードで、オンライン資格確認や情報提供同意と接続する
資格確認書マイナ保険証を保有していない人などが、保険資格を示すために提示する書類
資格情報のお知らせマイナ保険証を持つ人が自身の資格情報を確認するための通知であり、単独では保険診療を受けるものではない

問題は紙かデジタルかではない

紙の健康保険証にも問題はあります。資格を失った後の保険証が手元に残ること、なりすましや不正利用の確認が難しいこと、資格情報の更新と現物の提示が分離していることなどです。紙の方が安心だという感覚は分かりますが、紙であれば安全というわけではありません。

一方で、デジタルであれば自動的に安全になるわけでもありません。データが誤って紐づけられれば、別人の資格情報や医療情報が表示される可能性があります。カードリーダーが故障すれば受付が止まります。ネットワーク障害が起きれば資格確認できません。電子証明書の期限切れ、暗証番号の失念、カードの紛失、IC チップ破損、顔認証がうまくいかない人への対応も必要です。

つまり、紙かデジタルかという二択で考えること自体が雑です。医療保険の資格確認は、本人確認、資格の有効性、医療情報の同意、例外時の受付、障害時の代替手段、保険者によるデータ管理が重なった業務です。デジタル化するなら、その重なりを分解し、どこで何を確認し、失敗したときに誰がどう処理するのかを設計しなければなりません。

資格確認書は例外ではなく移行設計の一部である

マイナ保険証を使わない人には、資格確認書という受診方法があります。厚生労働省は、当分の間、マイナ保険証を保有していない人すべてに、資格確認書を無償で申請によらず交付すると案内しています。マイナンバーカードを取得していない人、健康保険証利用登録をしていない人、利用登録を解除した人、電子証明書の有効期限が切れた人などが対象です。

高齢者や障害のある人など、マイナンバーカードでの受診が困難な配慮を必要とする人も、申請により資格確認書を受け取れます。さらに、後期高齢者医療制度の加入者には、2026 年 7 月末まで有効な資格確認書が交付されている暫定措置もあります。

ここで重要なのは、資格確認書をマイナ保険証に乗れなかった人への救済と見るだけでは足りないことです。これは移行設計そのものです。全員が同じ端末操作、同じ認証方法、同じ理解度、同じ身体条件で制度を使えるわけではありません。制度が生活の基盤に関わる以上、標準動線だけでなく、代替動線も最初から制度の一部として設計しなければなりません。

医療現場に負荷を押し付けてはいけない

マイナ保険証の運用で最も避けるべきなのは、制度移行のしわ寄せを医療機関や薬局の窓口に押し付けることです。受付でカードリーダーが動かない、顔認証が通らない、暗証番号が分からない、資格情報が確認できない、患者が不安を訴える。こうした場面で最初に対応するのは、政府でも保険者でもなく、現場の職員です。

厚生労働省は、カードリーダーやネットワークの不具合、IC チップ破損、停電などでマイナ保険証による資格確認ができない場合の対応も示しています。再診で施設側が必要な情報を把握していれば口頭確認、初診では被保険者資格申立書を用いるといった扱いがあります。これは重要ですが、同時に現場判断が増えるということでもあります。

制度設計として見るなら、現場に求めるべきなのは根性ではありません。例外時の手順、記録、説明文、患者への案内、責任分界、問い合わせ先、後日の資格確認方法が整っている必要があります。デジタル化によって窓口業務が楽になると言うなら、障害時や例外時に窓口がどれだけ追加負荷を背負うのかも同時に説明するべきです。

データ誤登録への不信は軽く扱えない

マイナ保険証への不信感を語る上で、資格情報の誤登録問題は避けられません。厚生労働省は、保険者における別人の個人番号への誤登録が発生したことを受け、全保険者による点検や、住民基本台帳情報との照合を行ったと説明しています。令和 6 年春以降、個人番号の下 4 桁を記載した資格情報のお知らせ等を送付し、本人が確認できるようにする対応も示されています。

この対応自体は必要です。しかし、制度への信頼は、確認作業をしたと言えば回復するものではありません。誤登録が起きた原因、誰がどの段階で確認するのか、誤りが見つかった場合にどこへ連絡し、どの機関が閲覧停止し、保険者がどのように是正するのかを、利用者が理解できる形で示す必要があります。

マイナンバーカードそのものに医療情報や税、年金などのプライバシー性の高い情報が入っていないという説明は重要です。ただし、利用者が不安に感じているのは、カード内の保存情報だけではありません。カードを入口として、どのシステムに接続され、どの情報が参照され、誤った紐付けがあったときに誰が止めるのかという運用全体です。安全性の説明は、技術仕様だけでなく、事故時の責任分界まで含める必要があります。

デジタル化を進めるなら、弱い利用者を例外扱いしない

私は、医療保険の資格確認をデジタル化すること自体には反対しません。むしろ、いつまでも紙の資格証に依存し続けることには限界があります。問題は、デジタル化を進める側が、使えない人、迷う人、確認できない人、現場で困る人を制度の外側へ追いやっていないかです。

高齢者、障害のある人、スマートフォンを持たない人、暗証番号を管理できない人、カード更新を忘れる人、施設入所者、代理人が関わる人、外国籍の人、転職や扶養変更が多い人など、医療制度を使う人の条件はばらばらです。標準的な利用者だけを想定した制度は、医療の入口としては危ういです。

デジタル化で本当に社会を良くしたいなら、便利な人をさらに便利にするだけでは足りません。困る人がどこで困るのかを先に洗い出し、その人たちが制度から落ちないようにする必要があります。行政のデジタル化で腹が立つのは、そこを雑にしたまま、反対する人を遅れている側として扱う空気です。制度を使えない人を責める前に、使えない条件を制度側がどこまで吸収したのかを見るべきです。

移行期限は政治責任である

従来の健康保険証の有効期限が終わり、暫定対応も 2026 年 7 月 31 日で終わる以上、今後は「移行できなかった人」が現実に窓口へ現れます。資格確認書があるから問題ない、マイナ保険証があるから便利だ、という説明だけでは足りません。どの保険者が、いつ、誰に、どの書類を送り、受け取れなかった人をどう扱うのか。ここまで含めて移行です。

制度変更の責任を、最終的に利用者と医療現場へ寄せるやり方はよくありません。政府が期限を決め、保険者が通知し、医療機関が受付し、利用者が提示する。関係者が多い制度ほど、責任の所在が曖昧になりやすいです。だからこそ、移行期限を決めるなら、期限後に困る人をどう扱うかまで政治が説明しなければなりません。

マイナ保険証の問題は、デジタル化反対派と推進派の争いではありません。生活に不可欠な医療制度を変えるときに、政府がどれだけ利用者と現場を見ているかの問題です。便利になる人だけを見て、困る人を例外として処理するなら、それは行政のデジタル化ではなく、行政責任の外部化です。

まとめ

マイナ保険証は、医療保険の資格確認をデジタル化する仕組みとして意味があります。紙の健康保険証にも、資格情報の古さ、不正利用、確認の限界という問題があります。したがって、紙を守ればよいという話ではありません。

しかし、デジタル化するなら、本人確認、資格確認書、資格情報のお知らせ、医療現場の障害時対応、データ誤登録の是正、配慮が必要な人への代替手段を、制度の中心に置く必要があります。標準動線だけを整えて、例外を現場と利用者に処理させるなら、それは良いデジタル化ではありません。

私が問題だと思うのは、マイナ保険証そのものよりも、移行設計の雑さです。医療は生活の最後の安全網に近い領域です。そこを変えるなら、使える人の便利さだけでなく、使えない人が落ちない設計を先に示すべきです。デジタル化は必要です。ただし、制度の弱い部分を人間に押し付けるデジタル化なら、私は支持できません。

参考資料

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