かなり前に、テレビ番組で「サンカ」についての特集を見たことがあります。正確な内容を細部まで覚えているわけではありませんが、非定住の生活、竹細工のような手仕事、農家との物々交換のような話が出ていた記憶があります。
そのときは、そういう生活をしていた人たちが日本にもいたのか、という程度の受け止め方でした。しかし後になって、「サンカ」という言葉を調べているうちに、「ホイト」という言葉に行き当たり、さらに自分の田舎で聞いた言葉の記憶とつながりました。
この記事は、民俗学的な断定をするものではありません。むしろ、自分の家族や地方の記憶の中に、差別的な言葉や周縁化された人々へのまなざしがどう残っていたのかを考えるための所感です。
祖母が使っていた「ホイドッコ」という言葉
私の実家は田舎で、農業をしています。幼いころ、祖母が「ホイドッコ」という言葉を使っていた記憶があります。当時の私は、その言葉が何を指しているのか分かっていませんでした。
ただ、言葉の響きや祖母の言い方から、それが良い意味で使われていないことは感じていました。誰かを下に見るような、距離を置くような、あまり口にしてよい言葉ではなさそうな雰囲気がありました。
後になって「ホイト」という言葉を見たとき、祖母が言っていた「ホイドッコ」とどこかつながっているのではないかと思いました。ただし、それが本当に同じ言葉なのか、方言として変化したものなのか、サンカと直接関係するものなのかは分かりません。ここは断定できません。
地方の言葉には、過去の境界が残る
地方の言葉には、昔の生活や人間関係の境界が残っていることがあります。どの集落の人か。どの仕事をしている人か。どこに住んでいる人か。定住しているのか、移動しているのか。土地や家に属しているのか、そうではないのか。
そうした境界は、現代の感覚ではあまり意識されにくいかもしれません。しかし、古い世代の言葉の中には、かつての社会の見方が残っています。しかも、それは中立的な分類ではなく、しばしば上下関係や差別的なまなざしを含んでいます。
祖母が使っていた言葉も、もしかするとその一つだったのかもしれません。幼いころには分からなかった言葉が、大人になってから別の知識と結びつき、急に意味を持って見えてくることがあります。
非定住の人々へのまなざし
サンカについて語られるとき、非定住、山野での生活、竹細工、物々交換といったイメージが出てきます。もちろん、実際の歴史や地域差については慎重に扱う必要があります。サンカという言葉自体も、研究や語りの中でさまざまに扱われてきた言葉です。
ただ、自分が気になるのは、定住して農業を営む側から、非定住の人々がどのように見られていたのかという点です。土地を持つこと、家を構えること、集落に属することが当然とされる世界では、そこから外れる人々は異質な存在として見られやすかったはずです。
その異質さは、ときに興味や恐れとして、ときに軽蔑として、ときに差別語として残ります。祖母の言葉に含まれていた違和感も、そうした社会の境界から来ていたのかもしれません。
自分は農家の側にいたが、農業を継がなかった
ここで少し複雑なのは、私自身が農家の家庭で育ちながら、農業を継がなかったことです。定住し、土地に結びついた生活の側に生まれながら、結果的にはそこから離れ、システムエンジニアとして働く道を選びました。
だから、定住する側が非定住の人々を見下す構造を、外側から単純に批判するだけでは済まない感覚があります。自分もまた、農家という生活基盤の上に育ちながら、その生活を引き受けなかった人間だからです。
土地に縛られること、家を継ぐこと、地域の中で生きることには重さがあります。その重さから離れた立場だからこそ、昔の言葉の中に残る境界や差別を、少し距離を置いて考えられるのかもしれません。
言葉は、過去の価値観を保存してしまう
言葉は、単なる呼び名ではありません。そこには、呼ぶ側の価値観が入ります。何を普通とし、何を外側と見るのか。誰を同じ共同体の人間と見なし、誰をそうではないものとして扱うのか。言葉は、その境界を保存してしまいます。
だから、昔の言葉をそのまま懐かしむことには慎重であるべきです。方言や古い言い回しには、地域の記憶が残っています。しかし同時に、差別や排除の記憶も残っています。
祖母が使っていた言葉を思い出すとき、それを単に懐かしい田舎の言葉として扱うことはできません。その言葉が、誰かをどのように見ていたのかを考える必要があります。
断定できないからこそ、慎重に扱う
「ホイドッコ」と「ホイト」と「サンカ」が、どの程度つながっているのかは分かりません。地域差もあるでしょうし、言葉の変化もあるでしょう。自分の記憶も、幼いころに聞いたものなので、正確とは限りません。
だからこそ、ここでは断定しない方がよいと思っています。ただ、断定できないから考えなくてよい、ということでもありません。むしろ、曖昧な記憶の中に、地方社会の境界や差別の残り香があること自体が気になります。
歴史や民俗を扱うときには、分からないことを分からないまま残す慎重さが必要です。同時に、自分の身近な言葉や記憶の中に何が残っていたのかを見直すことも必要です。
まとめ
サンカという言葉をきっかけに、祖母が使っていた「ホイドッコ」という言葉を思い出しました。その関係を断定することはできません。しかし、そこには地方の記憶、差別的な呼称、定住する側と外側に置かれた人々の境界が残っているように感じます。
古い言葉には、生活の記憶が残ります。同時に、古い価値観や差別も残ります。だからこそ、昔の言葉を思い出すときには、それが誰をどう見ていた言葉なのかを考える必要があります。
これは民俗学的な結論ではありません。農家の家に育ち、農業を継がなかった自分が、田舎の言葉の中に残っていた境界を、後から考え直しているだけです。ただ、そのような個人的な記憶にも、社会の構造は少しだけ残っているのだと思います。
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