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トランスフォーマーを見直して感じたこと – CG で動く変形ロボットの強さ

日曜洋画劇場で『トランスフォーマー』を観ました。もともとは、そこまで強い興味があったわけではありません。むしろ、巨大ロボットが戦う映画という程度の印象で、最初から最後まで集中して観るつもりもありませんでした。

ところが、観始めると意外に引き込まれました。ストーリーそのものは分かりやすく、深い心理劇というよりは、映像の勢いで押してくるタイプの映画です。それでも最後まで観てしまったのは、やはりトランスフォーマーが CG で動いていることの気持ちよさが大きかったのだと思います。

アニメで見ていたものが、実写の質感で動く

子どもの頃にアニメで見ていたトランスフォーマーが、実写映画の中で金属の質感を持って動いている。それだけで、かなり強い体験になります。車やトラックが変形し、部品が折りたたまれ、伸び、組み替わり、巨大なロボットになる。その変形の過程に、映像としての説得力があります。

もちろん、現実にそんな変形が可能かどうかを細かく考え始めれば、いくらでも突っ込めると思います。しかし、この映画で重要なのは、構造の現実性というより、変形しているように見える納得感です。複雑な機械部品が連動して動き、重量のある金属生命体として立ち上がる。その見せ方がうまいので、多少強引でも映像として受け入れられます。

単純な話でも、映像体験が強ければ成立する

『トランスフォーマー』の物語は、かなり分かりやすいです。正義側と敵側がいて、人間が巻き込まれ、世界の危機があり、最後は大規模な戦闘になる。複雑な伏線を読み解く映画ではありません。むしろ、構造としてはかなり単純です。

ただ、単純だから価値がないわけではありません。映画には、物語の複雑さで見せる作品もあれば、映像の快感で成立する作品もあります。『トランスフォーマー』は後者に近く、巨大な金属生命体が都市の中でぶつかり合う映像を、どれだけ気持ちよく見せられるかに力点があります。

金属生命体という設定の面白さ

トランスフォーマーは、別の星から来た金属生命体という設定です。機械でありながら生命であり、乗り物でありながら人格を持っている。この曖昧さが、思った以上に面白いところです。単なるロボットではなく、身体そのものが構造を変える存在として描かれています。

形態を自由に変えられるという点では、漫画『ARMS』を少し思い出します。もちろん作品の方向性はまったく違いますが、身体が固定されたものではなく、状況に応じて武器や移動手段へ変化するという発想には共通する気持ちよさがあります。

トランスフォーマーは、理屈よりも変形の快感で観る映画

この映画を細かく理屈で評価しようとすると、弱いところはあります。話は大味ですし、人物描写も映像の勢いに比べればかなり分かりやすい。しかし、それでも観ていて退屈しにくいのは、変形と戦闘の映像が映画の中心にしっかり置かれているからです。

子どもの頃にアニメで見ていた変形ロボットが、実写映画のスケールで動く。その単純な嬉しさは、思っていたよりも強いものでした。興味がないと思っていた作品でも、実際に観てみると引き込まれることがあります。『トランスフォーマー』は、まさにそういう映画でした。

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