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『チョコレート・ファイター』のアクションが今見ても強い理由 – CG ではない身体性

『チョコレート・ファイター』は、2008 年のタイのアクション映画です。監督は『マッハ!』や『トム・ヤム・クン!』でも知られるプラッチャヤー・ピンゲーオ、主演はジージャー・ヤーニンです。

かなり前の映画ですが、今見てもアクションの強さがあります。CG で派手に見せる映画とは違い、身体が本当にその場で動いている感覚が強い。蹴り、受け身、距離の詰め方、落下、衝突。その一つひとつに、作り物ではない重さがあります。

昔、どうしても見たくなって DVD を借りて見たのですが、とにかくアクションが印象に残りました。物語の細部よりも先に、主演の身体能力と撮影現場の熱量が画面から伝わってくる映画です。

ジージャー・ヤーニンの身体が映画の中心にある

『チョコレート・ファイター』の魅力は、まずジージャー・ヤーニンの身体にあります。アクション映画では、編集やカメラワークで強さを演出することもできます。しかし、この映画では、本人が実際に動けることが画面の説得力になっています。

蹴りの高さ、身体のしなやかさ、相手との距離感、狭い場所での動き方。どれも、単に振り付けをなぞっているだけには見えません。身体が技を理解していて、そのうえで映画のアクションとして成立している感じがあります。

特に良いのは、力任せに強そうに見せていないところです。ジージャー・ヤーニンのアクションには、軽さと鋭さがあります。大柄な相手を圧倒するというより、身体の使い方と反応の速さで切り抜けていく。そのバランスが、この映画の個性になっています。

CG ではなく、実演としての痛みが見える

この映画のアクションには、CG では出しにくい痛みがあります。殴る、蹴る、飛ぶ、落ちる、ぶつかる。アクションの結果として、身体が本当に衝撃を受けているように見えるのです。

もちろん、映画なので演出はあります。それでも、ワイヤーや CG で現実感を遠ざけるのではなく、身体が危険な場所に置かれている感じが残っています。そこが、今見ても強い理由だと思います。

近年のアクション映画は、映像としては非常に洗練されています。カメラは滑らかで、編集も速く、エフェクトも自然です。しかし、その分、身体の重さが薄くなることがあります。『チョコレート・ファイター』は逆に、少し荒削りでも、身体がそこにあることが強い映画です。

ストーリーはシンプルだが、アクションを支えている

物語は、複雑な構造で見せるタイプではありません。むしろ、アクション映画としては分かりやすい流れです。ただ、そのシンプルさが悪いわけではありません。主人公がなぜ戦うのか、どこへ向かっているのかが分かりやすいため、アクションに集中できます。

アクション映画では、ストーリーが複雑すぎると、身体の動きより説明が前に出ることがあります。反対に、物語が薄すぎると、ただの連続バトルに見えることもあります。『チョコレート・ファイター』は、その中間で、主人公の動機とアクションの流れがうまくつながっています。

だから、アクションだけを切り出して見ても面白いのですが、映画全体としても見られます。ジージャー・ヤーニンをどう見せるか、どの場面で身体能力を爆発させるかが、作品の中心にきちんと置かれています。

タイのアクション映画には、身体を信じる強さがある

タイのアクション映画には、身体を信じる強さがあります。『マッハ!』や『トム・ヤム・クン!』でもそうですが、アクションの説得力を、俳優やスタントの身体能力にかなり委ねています。

これは、見ていて非常に分かりやすい強さです。細かい理屈よりも、動ける身体が画面にある。危ない場所に飛び込み、きちんと当たり、きちんと倒れる。その積み重ねが、観客に伝わります。

『チョコレート・ファイター』も、その系譜にあります。ただし、トニー・ジャーのような重く鋭いムエタイ的な迫力とは少し違います。ジージャー・ヤーニンのアクションは、より軽く、しなやかで、細い身体が相手の懐に入っていく怖さがあります。

続編や関連作が同じ衝撃になりにくい理由

ジージャー・ヤーニンは、その後も複数の作品に出演しています。ただ、個人的には『チョコレート・ファイター』を初めて見たときの衝撃を超える作品には、なかなか出会えていません。

これは、本人の能力が落ちたという話ではありません。むしろ、『チョコレート・ファイター』という作品が、ジージャー・ヤーニンを最も強く見せるために作られていたのだと思います。主演の身体能力、物語のシンプルさ、アクションの組み立て、撮影の荒々しさが、かなり良い位置で噛み合っていました。

アクション映画では、俳優の身体能力だけでなく、その身体をどう映画の中に置くかが重要です。どれだけ動ける人でも、見せ方が合わなければ強く見えません。『チョコレート・ファイター』は、その点でかなり成功している映画だと思います。

今見ても、アクション映画として十分に強い

『チョコレート・ファイター』は、映像の洗練という意味では、現代の大作映画とは違います。しかし、アクション映画としての強さは今でも十分にあります。むしろ、身体が本当に動いていることを見たいなら、今見てもかなり面白い作品です。

CG や編集でアクションを補強する映画も良いですが、身体そのものが画面の中心にある映画には別の魅力があります。ジージャー・ヤーニンの動きには、その魅力があります。

『チョコレート・ファイター』は、単に「女の子が強い映画」ではありません。身体能力を映画の中心に置き、実演の痛みとしなやかさで見せるアクション映画です。そこが、今見ても色あせにくい理由なのだと思います。

予告編

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