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高市経済の錯覚 – 円安、積極財政、生活者負担を分けて見る

高市経済の問題は、強い経済を語りながら、実際には円安と財政支出で企業収益を支え、生活者の負担を後回しにしやすいところにあります。積極財政、金融緩和への親和性、成長産業への投資、防衛費、経済安全保障。こうした言葉だけを見ると、前向きな経済政策に見えます。しかし、問題はその財源と副作用です。円安が進めば、トヨタやホンダのような輸出企業、海外売上比率の高い企業には追い風になります。一方で、原油、LNG、小麦、大豆、飼料、肥料、海外製品、クラウド利用料は円建てで重くなります。

つまり、円安で企業を支える政策は、同時に生活者の食費、電気代、ガソリン代、日用品、外食費を重くする政策にもなり得ます。ここを見ないまま「強い経済」と言っても、それは生活者から見れば錯覚に近いものになります。

高市経済を考えるときは、積極財政や成長投資だけでなく、円安、輸入物価、実質賃金、国債金利、生活者負担を同時に見る必要があります。企業収益が増えても、生活者の購買力が落ちるなら、経済全体が強くなったとは言いにくいです。

円安で企業を支える構造

円安は、輸出企業や海外売上の大きい企業にとっては利益を押し上げます。海外で 1 ドルの利益を得たとき、1 ドル 110 円より 150 円や 158 円の方が、円換算の利益は大きくなります。自動車、機械、電子部品、海外子会社を持つ企業にとって、円安は決算上の追い風になります。株価にもプラスに見える場面があります。日経平均の構成企業には、海外売上比率が高い企業が多く含まれます。円安で業績見通しが改善すれば、株式市場はそれを好感します。

そのため、円安は「企業を強くする政策」のように語られがちです。しかし、それは企業側から見た一面です。円安で輸出企業の利益が増えても、その利益が国内賃金、下請け企業への価格転嫁、地域経済、生活者の所得に十分戻らなければ、社会全体の豊かさにはなりません。企業収益を支えることと、生活者を豊かにすることは同じではありません。

生活者には輸入物価として返ってくる

円安の負担は、生活者には輸入物価として返ってきます。原油や LNG が上がれば、電気代、ガス代、物流費に影響します。小麦や大豆、とうもろこしが上がれば、パン、麺類、食用油、飼料、肉、卵、加工食品に影響します。海外製スマートフォン、PC、ソフトウェア、SaaS、クラウド利用料も、円安の影響を受けやすい領域です。企業がコストを吸収できなければ、価格は上がります。価格転嫁できない企業は利益を削り、価格転嫁できる企業は消費者に負担を渡します。

どちらにしても、生活者の側には負担が残ります。賃金がそれ以上に上がっていればまだよいですが、物価上昇に賃金が追いつかなければ、実質賃金は下がります。ここで起きているのは、企業収益と生活者の購買力のズレです。

政策・環境企業側の見え方生活者側の見え方
円安輸出企業や海外売上企業の円換算利益が増えやすい。輸入食品、燃料、日用品、海外製品が高くなりやすい。
積極財政公共投資、防衛、成長産業支援で需要が生まれる。財源、国債、将来負担、金利上昇リスクが残る。
金融緩和寄りの姿勢株価や企業金融を支えやすい。円安や物価高を通じて生活コストが上がりやすい。
成長投資半導体、AI、防衛、経済安全保障に資金が向かう。賃金や地域経済に波及しなければ実感は乏しい。

積極財政は、財源と配分を見なければならない

積極財政そのものが悪いわけではありません。災害対策、老朽化インフラ、防衛、半導体、エネルギー、医療、子育て、教育のように、国が投資すべき領域はあります。問題は、何に使うのか、誰に届くのか、どの財源で続けるのかです。財政支出が、特定の業界、補助金、公共事業、政治的に近い団体へ流れるだけなら、生活者の所得や将来の生産性にはつながりにくいです。一方で、保育、教育、医療、介護、職業訓練、研究開発、エネルギー安全保障、地域交通のような基盤に使われれば、長期的な生活と産業を支える可能性があります。

積極財政は、支出額の大きさでは評価できません。どの制約を解くための支出なのか、どの生産性を上げるのか、どの生活負担を下げるのかを見なければなりません。

財政支出は、金額の大きさよりも配分が重要です。成長投資と言いながら既得権益を支えるだけなら、将来の負担だけが残ります。生活基盤と生産性に接続されるかどうかを確認する必要があります。

株価と生活実感は一致しない

円安で株価が上がると、経済が強くなったように見えることがあります。しかし、株価と生活実感は一致しません。日経平均が上がっても、食品価格が上がり、電気代が上がり、住宅ローン金利や家賃が重くなり、実質賃金が伸びなければ、生活者には景気回復として感じられません。株を持っている人と持っていない人でも、受ける影響は違います。円安と株高によって資産を増やす層がいる一方で、物価高によって可処分所得を削られる層がいます。

この分配のズレを無視して「経済は強い」と言うと、生活者の感覚から離れていきます。

高市経済の錯覚は、負担の所在を曖昧にするところにある

高市経済の錯覚は、成長、投資、強い日本、積極財政という言葉で、負担の所在を見えにくくするところにあります。円安で誰が得をするのか。輸入物価で誰が負担するのか。財政支出で誰にお金が流れるのか。国債金利が上がったとき、誰が負担するのか。物価高に賃金が追いつかないとき、誰が生活を削るのか。そこを見なければ、政策の評価はできません。企業収益が増えた。株価が上がった。防衛や半導体に投資した。補助金を出した。

それだけでは不十分です。生活者の実質賃金は上がったのか。地域の中小企業は価格転嫁できたのか。輸入コストを誰が吸収したのか。将来世代に負担を押し込んでいないか。この問いを避ける経済政策は、強そうに見えても脆いと思います。

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まとめ

高市経済の錯覚は、円安、積極財政、成長投資を、生活者の負担から切り離して語ってしまうところにあります。円安は、輸出企業や海外売上企業には追い風になります。しかし、原油、LNG、食料、海外製品、クラウド利用料を通じて、生活者の負担にもなります。積極財政も、必要な投資であれば意味があります。しかし、配分と財源を見なければ、将来負担や既得権益の温存になりかねません。

重要なのは、企業収益や株価だけではなく、実質賃金、可処分所得、価格転嫁、中小企業、生活コストを見ることです。強い経済とは、企業決算だけが強い状態ではありません。生活者が物価高に削られず、企業の利益が賃金と投資に戻り、財政支出が将来の生産性につながる状態です。その接続がないまま強さを演出するところに、高市経済の危うさがあると思います。

高市経済の錯覚 – 円安、積極財政、生活者負担を分けて見る

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