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Kubernetes を前提とした仮想 アーキテクチャの考察

はじめに

近年、インフラストラクチャの仮想化はますます進化しています。

サーバー、ネットワーク、ストレージといった従来は物理的に分離されていた要素が、現在ではソフトウェアによって抽象化され、コードとして扱われるようになりました。

これにより、構築や運用の柔軟性は格段に向上しましたが、その一方で、仮想化の層が多重化した結果として、システム全体の構造が見えにくくなり、「どの層がどの責任を持つのか」を把握しづらくなっています。

本記事では、こうした仮想化技術の多層構造と複雑性を整理しながら、Kubernetes を前提とした現代の仮想アーキテクチャをどのように理解し、設計すべきかについて考察します。

なお、内容は仮想マシンやコンテナの基本を理解されているエンジニアの方を想定しています。

仮想化(抽象化)とは?

仮想化とは、簡単に言えば「複雑で入り組んだ構造を整理し、より扱いやすい管理単位に置き換えること」です。

つまり、ユーザーが直接触れるには難しい領域を、より理解しやすい形に体系化する行為と言えます。

日本語としての細かな違いを除けば、仮想化は“抽象化”とほぼ同義です。

一般的に「仮想化」と言うと仮想マシンやハイパーバイザーを指しますが、ネットワークの VLAN やトンネリング、ストレージの LVM(Logical Volume Manager)など、古くから存在する技術の多くも仮想化の一形態です。

仮想化を行うには、現実の構造を“仮想的に管理するための追加情報”が必要になります。例えば VLAN であれば VLAN ID がその追加情報にあたります。

このように、仮想化は抽象化のために「もう一つ上の情報層」を作る技術です。

現代のシステムでは、この層がさらに多重化しており、物理サーバー → 仮想サーバー → コンテナというように、仮想化の階層が積み重なっています。

こうした仕組みにより、インフラ全体の情報量は増大しますが、その分、システムの責任範囲を明確に分けることができるようになりました。

この「責任分界点をシステム的に設けられる」という点が、AWS に代表されるクラウドの大きな成功要因でもあります。

仮想マシンとコンテナの比較

コンテナ技術が広く知られるきっかけとなったのは、言うまでもなく Docker の登場です。「コンテナといえば Docker」と言われるほど、その存在は象徴的でした。

登場当初は主に開発環境での利用を想定していましたが、現在ではプロダクション環境でも一般的に採用されています。

仮想マシンとコンテナは、どちらも“抽象化によって柔軟性を高める”という目的を共有していますが、その実装の層とアプローチが異なります。

以下は両者の特徴を簡単に整理したものです。

項目仮想マシンコンテナ
仕組みハードウェアレベルでの仮想化OS カーネルを共有するプロセスレベルの仮想化
隔離性高い。完全な独立環境を構築可能共有カーネルのため、潜在的なリスクが残る
リソース効率重い。オーバーヘッドが大きい軽量で高密度な集約が可能
起動速度OS 起動が必要なため遅い即時に起動可能
自動化との親和性OS 構築や設定の自動化が中心(例:Ansible、PXEなど)マニフェストや Helm による完全自動化が可能
スケーラビリティ環境依存(クラウドでは標準機能)Kubernetes により動的スケールが容易
管理の複雑さ比較的単純。ホスト単位で完結コンテナ数が増えるとオーケストレーションが必要

コンテナの利点

  1. ポータビリティ(移植性)
    アプリケーションと依存関係をまとめてパッケージ化できるため、どの環境でも同じように動作します。
  2. 効率的なリソース利用
    仮想マシンより軽量で、単一ホスト上で多数のコンテナを稼働させることができます。
  3. 迅速なデプロイ
    起動・停止が高速で、開発から本番までのサイクルを短縮できます。
  4. 一貫性の確保
    環境全体を含めて定義するため、開発・テスト・本番の差異を最小化できます。
  5. 柔軟なスケーリング
    Kubernetes のような仕組みを利用すれば、負荷に応じて自動的にインスタンス数を調整できます。
  6. 環境の分離
    コンテナごとに独立した実行環境を提供し、アプリケーション間の干渉を防ぎます。

コンテナの課題

  • セキュリティ上の懸念
    カーネル共有という設計上、隔離の強度は仮想マシンに劣ります。
  • 運用の複雑化
    多数のコンテナを扱うには、監視・スケジューリング・ネットワーク制御などを自動化するオーケストレーションツールが必要です。
  • 性能のオーバーヘッド
    軽量ではありますが、I/O 処理など特定の領域では依然としてオーバーヘッドが発生する場合があります。

自動化

IaC(Infrastructure as Code) とは、コードを用いてインフラストラクチャの構築・管理・設定を行う手法を指します。これにより、サーバーやネットワーク、ストレージなどの構成をプログラムとして再現できるようになります。

代表的なツールの一つが Ansible です。Ansible は、従来のように対象ホストに手動でログインして設定ファイルを書き換える代わりに、構成内容をプレイブック(コード)として定義します。そのコードを実行すれば、対象ホストが自動的に所定の状態へと設定されます。

さらに、Ansible のような IaC ツールは 冪等性(べきとうせい) という性質を持っています。これは、同じ操作を何度実行しても結果が変わらないという性質です。つまり、すでに望ましい状態にあるホストに対しては、再実行しても何も変更が加えられません。この仕組みによって、構成の安定性と再現性を両立することができます。

OS レベルでは Ansible のようなツールが中心ですが、コンテナの世界では少し事情が異なります。

Docker であれば Dockerfile によってコンテナイメージを構築し、Docker Compose によって複数コンテナの連携を定義します。さらに Kubernetes では、マニフェストファイルHelm Chart によって、コンテナ群の展開・スケーリング・設定変更をすべてコード化することができます。

このように、IaC はインフラ管理の効率を劇的に高める一方で、注意すべき点もあります。

コードとして自動化できるのは、「その裏にある設計意図を理解している人」が使う場合に限られます。

自動化のコードを“実行できる”ことと、“構築を理解している”ことは別の話です。設定の意味を理解せずに IaC を扱えば、構成の本質を見失う危険もあります。

私は、自動化とは単なる効率化ではなく、作業の抽象化であると考えています。

つまり、人間が行っていた手続きを、意図と結果の対応関係としてコードに写像する行為です。

そのコードは知識の置き換えではなく、知識を再利用可能な形に圧縮したものです。したがって、自動化を理解するとは、“なぜそう設定するのか”という思考を保存することでもあります。

パフォーマンスの問題

仮想化の大きな課題の一つに、パフォーマンスの低下があります。

まず前提として、非常に当たり前のことですが、仮想化によって物理デバイスの性能を超えることはできません。

仮想マシンはハイパーバイザー上で動作しており、物理デバイスを直接扱うのではなく、ハイパーバイザーが抽象化した「仮想デバイス」を通してアクセスします。

この仕組みは柔軟性を高めるうえで非常に重要ですが、同時にオーバーヘッド(処理の余分な負荷)を生む原因にもなります。

仮想化によるオーバーヘッドを抑える技術

こうした課題に対処するため、現在ではさまざまな最適化技術が開発されています。代表的なものを簡単に紹介します。

  • PCI パススルー
    物理デバイスを仮想マシンに直接割り当てる方式です。これにより仮想デバイス層を介さずアクセスでき、オーバーヘッドを最小化します。ただし、割り当てたデバイスはハイパーバイザーや他の仮想マシンと共有できなくなります。
  • SR-IOV(Single Root I/O Virtualization)
    ネットワークデバイスに特化した技術で、物理NIC上に複数の仮想機能(VF)を作成し、それぞれを仮想マシンに直接割り当てます。これにより、仮想化の柔軟性を保ちながらも高速な I/O 処理を実現できます。
  • CPU ピニング(CPU Affinity)
    仮想マシンごとに特定のCPUコアを固定的に割り当てる手法です。ハイパーバイザーのスケジューリング負荷を減らし、レイテンシの予測性を高めます。
  • DPDK(Data Plane Development Kit)
    カーネルを介さず、ユーザー空間から NIC を直接制御する技術です。専用のポーリングスレッドが CPU を占有するため、非常に高速なパケット処理を可能にします。一方で、割り当てた CPU コアは常時 100% 稼働状態となるため、設計上の配慮が必要です。
  • vGPU(Virtual GPU)
    物理 GPU を複数の仮想 GPU として分割し、各仮想マシンに割り当てる仕組みです。GPU アクセラレーションが必要なワークロードを効率的に分散させることができます。

これらの技術はいずれも「性能と抽象化の両立」を目的としており、どれも物理資源を直接扱う“現実への回帰”という性格を持っています。

ベアメタルという選択肢

ここでしばしば浮かぶ疑問は、「そこまで性能を求めるなら、最初からベアメタル(物理サーバー)で良いのでは?」というものです。

実際、その通りです。ベアメタルは性能面で最も優れた選択です。

それでも仮想化を選ぶのは、性能以外の価値──たとえば拡張性、柔軟性、再配置の容易さ──が大きいからです。

最近のハイパーバイザー(特に VMware ESXi など)は、最適化が進んでおり、仮想化環境でもベアメタルとほとんど差がないほどのパフォーマンスを発揮するケースもあります。

つまり、仮想化は「性能を犠牲にして利便性を得る技術」ではなく、適切に設計すれば性能を維持したまま抽象化を享受できる技術へと進化しているのです。

コンテナとネットワーク性能

同様の課題はコンテナ環境にも存在します。

特にネットワークでは、CNI(Container Network Interface)層によるオーバーヘッドがしばしば問題になります。

Kubernetes ではこれを補うために、Multus CNI による複数ネットワークの直結や、DPDK を併用した高速通信が採用されることが多いです。

このようなチューニングは、ネットワーク・サーバー・ミドルウェア・アプリケーションを俯瞰して理解できるアーキテクトでなければ難しい領域です。

性能と抽象化を両立させるには、個別の最適化ではなく、システム全体をひとつの連続体として設計する視点が求められます。

Kubernetes ― 仮想化技術の集大成

Kubernetes は、現代のインフラ技術の中でも特に完成度の高い抽象化システムの一つです。

単なるコンテナオーケストレーションの仕組みではなく、仮想化技術の歴史が積み重ねてきた知見の集約点といっても過言ではありません。

Kubernetes は、システムの冗長性を前提に設計されています。これは従来のインフラと決定的に異なる点です。

個々のコンポーネントが故障することを前提に、クラスタ全体として高可用性を維持する仕組みが組み込まれています。つまり、エンジニアが意識的に冗長構成を設計しなくても、「動き続けること」自体が前提となったアーキテクチャなのです。また、Kubernetes には高度なスケーラビリティと自己修復機構が標準で備わっています。

Web アプリケーションのように負荷変動の大きいシステムとの相性は非常に良く、障害が発生してもサービス全体は自動的に再構成されます。

これは、かつての「構築 → 運用 → 復旧」という線形の運用モデルを、「宣言 → 監視 → 調整」という循環的な自己維持モデルへと進化させたことを意味します。

Kubernetes をどの環境で稼働させるかは、よく議論されるテーマです。

大きく分けると、以下の二つのアプローチがあります。

  1. ベアメタル上で直接 Kubernetes を動かす構成
    これは特にパフォーマンスが重視される環境に適しています。たとえば、5G コアネットワークのような超低遅延・高スループットが要求されるシステムでは、ベアメタル構成が主流です。さらに Multus、SR-IOV、DPDK、CPU ピニング、PTP(Precision Time Protocol)などを組み合わせ、物理性能を極限まで引き出します。ただし、このような環境は設計と運用が極めて複雑であり、全体を俯瞰できる高度な知識と経験が必要です。
  2. 仮想化基盤上で Kubernetes ノードを動かす構成
    一般的なシステムでは、こちらの方が実用的です。ハイパーバイザーによる抽象化レイヤを挟むことで、拡張性と柔軟性を得られます。VMware などの仮想基盤では、パフォーマンスの劣化もほとんど見られず、リソースの再配置やスナップショット運用が容易になります。この構成では、Kubernetes がコンテナ層で冗長性を担保し、ハイパーバイザーは「物理と仮想の橋渡し役」に専念します。物理・仮想・コンテナという三層の責任が明確になり、システム全体の設計がより整理された形になります。

Kubernetes がもたらす思考の変化

Kubernetes の価値は、単にアプリケーションを動かす効率を上げることにとどまりません。

それは、エンジニアの思考そのものを変える技術です。「どのように動かすか」ではなく、「どうあるべき状態を保つか」という発想への転換を促します。

この「状態志向(declarative)」の思想は、仮想化の究極形とも言えます。

現実のリソースを直接操作する代わりに、「理想的な構成状態」を宣言し、システム自身がその状態を維持しようとする。

それは、もはや単なる抽象化ではなく、抽象化された意図の自己実現とでも呼ぶべき構造です。

終わりに

仮想化とは、現実を隠す技術ではありません。むしろ、現実をより深く理解するための鏡です。Kubernetes は、その鏡を何層にも重ねることで、複雑な世界を秩序ある形に整理しようとしています。

物理・仮想・コンテナという階層は、それぞれが独立した世界でありながら、同時に互いを映し合う関係にあります。そして、その中心にあるのは、「抽象化の中で現実をどう扱うか」という人間の思考です。

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