SNMP(Simple Network Management Protocol)は、登場から数十年を経た現在においても、ネットワーク機器やアプライアンス製品に広く実装され、現場での監視に欠かせないプロトコルです。レガシーと見なされがちな技術である一方、その普遍性と互換性により、今なお多くの運用環境で使用されています。
OSS の監視基盤としては、Zabbix をはじめとするツールが成熟し、現在では Prometheus のようなメトリクス指向の監視も主流となっていますが、SNMP の取り扱いにおいては Zabbix が構造的に最も適していると言えるでしょう。
本稿では、特に SNMP Trap 監視の設計と運用における課題に焦点を当て、現実的かつ技術的に整合性のあるアプローチを提示します。
ポーリングと Trap:構造の非対称性
Zabbix はポーリングベースの監視を基本としており、対象ホストに対して定期的に状態を取得し、その変化に応じて「障害」および「復旧」のトリガーを自動的に制御できます。この仕組みは、状態変化を双方向で管理できるという点で非常に整合的であり、自動化や復旧判定において理想的なモデルです。
一方、SNMP Trap は対象ノードが自発的に発信する通知であり、Zabbix にとっては一方向のイベントストリームとなります。Trap によって障害状態のトリガーは可能ですが、それが復旧したかどうかを Zabbix 側で検出する術がなく、トリガーが「戻らない」状態になることも多いのです。
このため、Trap をベースにした監視設計は自動化や状態整合性と相性が悪いという、構造的な制約を孕んでいます。
Trap の運用上の課題
SNMP Trap を実践的に扱う中で直面する最大の問題は、「何が送られてくるのか」を事前に完全に把握できないという点です。Trap に含まれる OID や構造は MIB ファイルに定義されていますが、ベンダー固有の MIB や非公開 MIB も多く、同一ベンダーでも機器種別やファームウェアバージョンによって内容が異なる場合があります。
このため、商用環境では障害試験などを通じて Trap の出力を観察し、実機ベースで個別にトリガー定義を行う必要があります。これは Zabbix 側でも OID ごとのマッピングや解釈を手動で構成することを意味し、運用設計や構成の自動化と非常に相性が悪いのです。
Trap は「重要な参考情報」だが「主軸」ではない
こうした背景を踏まえると、Trap はリアルタイム性と通知性に優れるものの、監視の主軸として用いるにはリスクとコストが高すぎます。
Trap は「参考情報」として捉え、Zabbix に記録・可視化しつつ、トリガーとしては補助的に利用するという立場が現実的です。状態変化の検出やアラート制御の中心は、Zabbix が得意とするポーリングベースで構成すべきです。
このように「Trap は参考情報として活用するが、監視設計の中心ではない」と割り切ることで、構成の再現性、構造の明快性、自動化との親和性を高めた、堅牢かつ持続可能な監視システムが実現できます。
一般論との整合性
この思想は、一般的な監視設計の原則──たとえば以下のようなベストプラクティス──とも完全に一致します:
- トリガーとリカバリ条件の対称性
- 状態検出の再現性と予測可能性
- アラートがアクション可能であること
- 設定の自動化と構成管理の容易性
SRE(Site Reliability Engineering)や DevOps の観点でも、Trap ベースの監視は「信頼性が低くノイズの原因になりやすい」とされ、アクション可能な監視設計には向かないと位置付けられています。
つまり、「Trap は活用すべきだが、主軸にすべきではない」という判断は、理論・実装・運用のすべてにおいて正当性があり、本質的な監視設計の合理性を体現した思想と言えます。
結論
SNMP Trap は、リアルタイムな通知を提供する強力な手段ではありますが、設計上の非対称性、復旧処理の困難さ、構成の煩雑さといった観点から、監視システムの自動化・整合性・保守性との間に本質的なギャップを抱えています。
Zabbix などの監視基盤を用いる際には、Trap はあくまで参考情報として位置づけ、ポーリングに基づいた堅実なトリガー設計を主軸とすることが、現実的かつ構造的に優れたアプローチです。




